情報公開裁判の目的は裁判自体の勝訴というより、裁判を通じ、政府が隠蔽している情報が市民にとってどれくらい重大な、重要なものであるかをひとりでも多くの市民に認知、理解してもらうことにある。
そのためには、情報公開裁判を市民にどう知らせるか、その告知の仕方がとても重要。つまり、市民に何を伝えたいのか、その核心をズバリ示す必要がある。しかし、それは言うは易き、行い難しだ。
以下は、7年前、農研機構の極めて問題のある遺伝子組換えイネの野外実験に対し、第三次の実験ノート裁判を提訴した(>その報告)ときのニッポン消費者新聞に掲載された記事(2019.9.1)。
今、再読して別に誤ったことを語っている訳ではないが、このときには、無我夢中で自分が市民に訴えたいことを訴えたにとどまり、対する市民の側がいったい何を知りたがっているのか、市民の心をまったく考えていなかった。人を見て法を説くことをまるっきりしていなかった。とはいえ、それは至難の業。しかし、これを考えずして、ただ己の信念を突き進むのだけでは、それでは、結局、対話は成立しない。対話への取り組みが決定的に欠けており、足りない。
2026年8月26日水曜日
013:各論3(いかに市民に告知・アピールするか):第三次実験ノート提訴時の記事 2026.8.26
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013:各論3(いかに市民に告知・アピールするか):第三次実験ノート提訴時の記事 2026.8.26
情報公開裁判の目的は裁判自体の勝訴というより、裁判を通じ、政府が隠蔽している情報が市民にとってどれくらい重大な、重要なものであるかをひとりでも多くの市民に認知、理解してもらうことにある。 そのためには、情報公開裁判を市民にどう知らせるか、その告知の仕方がとても重要。つまり、市民に...
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0、はじめにーー自省ーー これまで情報公開法の文献(例えば宇賀の教科書)を読んできて、そんなものかと思ってこれを受け入れてきた。だが、今、それが「煮え切らない」「中途半端」なものに思えてならない。その根本的な理由は、「情報公開法をめぐる権利・利害の衝突」という現実認識の仕方がリア...
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0、問題の所在 001で書いた通り、人権である「裁判を受ける権利」をめぐる課題とはーー市民の「裁判を受ける権利」が十分に保障されるかどうかが個別具体的な場面に照らし問われる、という段階にある。 その裁判の最初の場面が管轄(どの裁判所に提訴できるか)であり、もう1つの場面が被告(...
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以下は、子ども脱被ばく裁判二審で行政裁量論が中心テーマとなった時の弁護団MLに投稿したものその1。 なお、これに対し必ず次の異論が出るだろうーー行政裁量論と情報公開法の解釈とは、片や法の及ばない裁量論、片や法の解釈論であり、そもそも次元の異なる法律問題であるから、参考にならないと...
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